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うっかりユーキのメモ帳 (旧アニ妻ぶろぐ。)

4年前に消えたブログを少しずつ復旧しつつ、たま~に新しい日記も書きますが、育児で多忙なため、大したことは書けません。

   2017

1121
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   2016

0917
※まとめるのに相当な時間と労力をかけてますんで、勝手に全文コピペしないで下さい。部分的な引用の際にも、引用元リンクを添えて下さい。

※2016.9.24更新:画像1枚追加。

「アムステルダムの光芒」というお話をご存知でしょうか?




私が4年ほどネットを休んでいる間に、チラシサイトのアップローダーにどなたかがこの件のチラシをUPされていて、それを読んで最近初めて知ったのですが、検索するとかなり以前からコピペの繰り返されている話のようですね~。

もし事実ならうれしい内容。自虐脳の人を目覚めさせる効果も高そうだし!でも、あまりに良い話すぎて怪しいような気も?(^^;Youtubeのコメント欄には、「これは2ch発のデマだから信じるな」と何度も書いてらっしゃる方が約1名いらっしゃり・・・う~ん、実際どうなの???

というわけで、自分でも調べてみることにしました。以下、集めた情報の現時点でのまとめです。

まず、いわゆる「サンティン市長」に該当しそうな実在の人物は?

アムステルダムの歴代市長
http://www.parlement.com/9291000/modulesf/gkhl1swv
(戦後のみ抜粋)
1945~ Feike de Boer
1946~ Arnold Jan Ailly
1957~ Gijsbert Hall
1967~ Ivo Samkalden
1977~ Willem Polak
1983~ Eduard van Thijn ←★
1994~ Schelto Patijn 
2001~ Marius Job Cohen
2010~Eberhard van der Laan

Wikipedia ~Eduard van Thijn氏のページ
https://nl.wikipedia.org/wiki/Ed_van_Thijn
1983-1994 Burgemeester van Amsterdam(アムステルダム市長)
1994-1994 Minister van Binnenlandse Zaken(内務大臣)

1934年8月16日生まれ(現在81歳くらい?)。労働党に所属していた。

というわけで、1985年説・1991年説のどちらでも当てはまりそうなのは、Eduard van Thijn氏(市長→内務大臣という点も一致)なんですね。Eduard van Thijn氏の読み方ですが、サンティンではなく、エドゥアルト・ファン・タイン?かヴァン・ティン?のような感じみたいです。聞き間違いなのでしょうか?


さて次に、この件の引用元になってそうなHPや本などを探索し、内容をメモしていきます。


(1)1994.6.12発行の資料「終戦50周年をむかえて・「アジアと日本の大東亜戦争」」(発行所:日本を守る国民会議)の中の、「大東亜戦争を世界はいかに評価しているか」という仙頭泰氏によるページ
http://hikarinoshingun.giri.jp/03-aikoku/0301akk-sendou-ronbun/
05daitouasen-sekai-hyouka.htm
(アーカイブはこちら
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I045582544-00
※「日本を守る国民会議」は「日本会議」の前身の1つのようです(参考1)。全19ページのようなので、本じゃなくて冊子かも。

(該当箇所のみ引用)
オランダ・サンティン・アムステルダム市長 現内務大臣
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、その誇りを取り戻すべきであります。」(1985年日本側傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時、行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶

※メモ・・・チラシになってたものよりだいぶ文章が短い。訪問年が「1985年」で、「傷痍軍人会」代表団のオランダ訪問時の「市長主催親善パーティー」での歓迎挨拶だったこと、そして市長の名前「サンティン」と、「資料の作られた1994年当時は内務大臣になっている」という情報が入っている。現地で聞いた人の個人名や文字起こしした人の名前はない。Eduard van Thijn氏は、1985年から市長で、1994年(この資料の作られた年)に内務大臣なったので、年のつじつまは一応合っている。「傷痍軍人会」については資料(3)の後に。


(2)1997.3以前? ゴジラズワイフという個人HP
http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/oranda.htm(消失)
サイトは少なくとも2回移転しており、見つけた中で最も古い上記ページのWebアーカイブは2001.1.17のこちらに、現行ページはこちらにあった。何年からページがあったかは不明だが、グーグルで検索して1997年3月と表示されるページ(帝國電網省というサイト内の「外国から見た大東亜戦争の評価」)に引用があるので、少なくともそれ以前?

オランダ・アムステルダム市長のご挨拶

「あなた方の日本国は先の対戦で負けて、私どものオランダは勝ったのに大敗をしました。今日の日本国は世界で一、二位を争う経済大国になりました。

私たちオランダは、その間、屈辱の連続。即ち、勝ったはずなのに、貧乏国になってしまいました。戦前は「アジア」に大きな植民地(ほぼ現在のインドネシア)があり、石油等の資源・産物で、本国は栄耀栄華を極めておりました。しかし今では、日本の九州と同じ広さの本国だけになってしまいました。

あなた方の日本国は、アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない。アジアの諸民族に大変迷惑をかけたと、自らを蔑み、ぺこぺこと謝罪していますが、これは間違いです。あなた方こそ、自らの血を流して、アジア民族を解放し、救い出すという人類最高の良いことをしたのです。

何故ならば、あなた方の国の人々は過去の真実の歴史を目隠しされて、先の大戦の目先のことのみを取り上げ、或いは洗脳されて、悪いことをしたと自分で悪者になっていますが、ここで歴史を振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。

本当は、私共白色人種が悪いのです。百年も二百年も前から、競って武力で東亜諸民族を征服し、自分の領土として勢力下に置いたのです。植民地・属領にされて、永い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想を掲げて、大東亜共栄権樹立という旗印で立ちあがったのが、貴国日本だったはずでしょう。

本当に悪いのは、侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は戦いに敗れましたが、東亜の解放は実現しました。即ち、日本軍は戦勝国の全てをアジアから追放して終わってのです。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。

日本の功績は偉大であり、血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑むことを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきであります。」

*このアムステルダム市長の挨拶文は、現地で直接聞かれたのは、元憲兵少尉のシベリア抑留経験者、溝口平二郎氏(平成9年3月14日逝去)です。(ゴジラズワイフは交流がありました。)そして文章は(財)日本国防協会理事の浅井啓之氏が1994年3月24日に作成したものです。

※メモ・・・この資料には、訪問年、市長の名前、どんな場で聞いたのか等の情報はない。しかし、現地で聞いた人の名前「溝口平二郎氏」と情報(元憲兵少尉のシベリア抑留経験者、故人、HP主の知人)と、文字起こしした人の名前「浅井啓之氏」と情報(国防協会理事、日付1994.3.24)がある。

ググったところ、「溝口平二郎氏」は実在する。平和祈念展示資料館(総務省委託)HP内に、溝口氏の書いたシベリア抑留に関する文章(http://ur0.pw/xKSR)があった。亡くなった日付はしょうけい館へ行けば確認できるかもしれない。「日本国防協会」も実在(http://ur0.pw/xL48)し、2005年の役員名簿(Webアーカイブ)に「理事 浅井啓之 浅井物産商事(株)会長」とあるので、浅井氏も実在の人物である。ただし、現在の役員名簿(http://ur0.link/xL4X)には名前が無い。ご健在ならメール等で質問してみたいが・・・


(3)1997.11発行 本「よみがえれ日本-日本再発見-」(著:清水馨八郎)P126~128
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002740348-00
清水馨八郎(しみず・けいはちろう)氏は千葉大学名誉教授である。この本から引用しているブログ()が幾つかあったのだが、古い本でもう売っていないようなので、渋谷図書館まで行き確認した。第一部(前編)「日本文化の本質」の第十二章「日本を称えた外国人と二十一世紀は日本の世紀か」の「二、オランダ人の良心(アムステルダム市長の挨拶)」より以下引用。

二、オランダ人の良心(アムステルダム市長の挨拶)

 平成三年、日本傷痍軍人会代表団が、大東亜戦争の敵国であったオランダを訪問した折、同国の傷病軍人代表と共に、首都アムステルダム市長主催の親善パーティに招待された。その時同市長の歓迎挨拶は実に良心的に大東亜戦争の真実を語ってくれました。
「貴方がた日本は、先の大戦で負けて、勝った私どもオランダは勝って大敗しました。今、日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。私たちオランダは、その間屈辱の連続でした。即ち勝ったはずなのに、世界一の貧乏国になりました。戦前はアジアに本国の三六倍もの大きな植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で本国は栄耀栄華を極めていました。
 今のオランダは日本の九州と同じ広さの本国丈(ブログ主注:原文ママ)になりました。あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみ、ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。
 あなた方こそ自ら血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。何故ならあなたの国の人々は、過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、あるいは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史をふり返って、真相を見つめる必要があるでしょう。
 本当は私共白人が悪いのです。百年も三百年も前から競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。植民地や属領にされて永い問奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想をかかげて、大東亜共栄圏と言う旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。
 本当に悪いのは侵略して権力を振っていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わりました。その結果アジア諸民族は各々独立を達成しました。 日本の功績は偉大です。血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです」。参加者全員、思いもかけない市長の良心的発言に感動したのは言うまでもありません。

※メモ・・・訪問年が平成3年(1991年)で、(1)の資料(1985年)と異なる。市長の名前や溝口氏・浅井氏のことは書かれていない。「傷痍軍人会」が「市長主催親善パーティー」に招かれた際の歓迎挨拶、という点は(1)と一致するが、「同国の傷病軍人代表と共に」招待された、という情報は(1)に無いもの。細かい所では、(2)で「大きな植民地(ほぼ現在のインドネシア)」「百年も二百年も」となっている部分がこの(3)では「本国の三十六倍もの大きな植民地インドネシア」「百年も三百年も」になっている。

「傷痍軍人会」は2013年11月末に高齢化による活動困難などを理由に解散している(参考1)が、しょうけい館に行けばこの件について何らかの資料が見つかる可能性もあるかも?しれない。オランダを含む海外の傷痍軍人関係団体と交流があったこと自体は事実のようだ(下記参照)。

しょうけい館通信「小径」第100号(2015.4.27号)より一部抜粋
http://www.shokeikan.go.jp/letter/shokei-news100.html

当館は、解散までに日本傷痍軍人会よりたくさんの資料をご寄贈頂きました。
(中略)
日本傷痍軍人会は黎明期より外国の類似団体(傷痍軍人会や退役軍人会)と交流してきました。『日傷月刊』や『日本傷痍軍人会十五年史』を見ると、世界歴戦者連盟(World Veterans Federation =WVF)のつながりもあり、ドイツ、イタリア、オランダ、フィンランド、ポルトガル、エジプト、トルコ、タイ、インドネシア、フィリピン、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダ、ブラジル等の国々の団体と交流があった事が判ります。

なお、清水氏の他の著書にもサンティン発言の記述がある。とりあえずWeb上に引用(例1)が見られた 2006.2.15発行の『大東亜戦争の正体 それはアメリカの侵略戦争だった』(P196~198)は図書館で、2000.3.10発行の『愛国 目覚めよ日本愛せよ日本』(P67~68)は中古本を購入し、内容を確認できた。文章はほぼ同じなので省略するが、『大東亜戦争の正体』では他の2冊にない市長の名前(サンティン)が入っていた。あと、『よみがえれ日本』で“百年も三百年も”と書かれている部分が、他の2冊では“”百年も二百年も”になっているのが気になった(誤植?)。それから、『大東亜戦争の正体』では、発言紹介の後に著者がサンティン氏について「このような良心的な正論を吐く市長だから、彼はやがて、全国民に推されてオランダの国務大臣に選ばれたのである」と記述しているが、市長のあと期間を置かず内務大臣になっているようなので、それが「やがて」の範疇かは疑問。


(4)2001.2? 草莽全国地方議員の会HP
http://www.soumou.info/page/Nederland/EduardvanThijn
そうもうぜんこくちほうぎいんのかい。このページは期間指定してググると「2001年2月」と表示される。

サンティン(アムステルダム市長、現内務大臣)

「あなた方の日本国は先の大戦で負けて、私共のオランダは勝ったのに大敗をしました。今日の日本国は世界で一、二位を争う経済大国になりました。私達オラ ンダは、その間、屈辱の連続。即ち、勝った筈なのに、貧乏国になってしまいました。戦前は「アジア」に大きな植民地(オランダ領東インド(蘭印)=ほぼ現在のインドネシア)が有り、石油等の資源・産物で、本国は栄耀栄華を極めておりました。しかし今では、日本の九州と同じ広さの本国だけになってしまいまし た。あなた方の日本国は、「アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない。アジアの諸民族に大変迷惑をかけた」と、自らを蔑み、ぺこぺこと謝罪しています が、これは間違いです。あなた方こそ、自らの血を流して、アジア民族を解放し、救い出すと言う人類最高の良い事をしたのです。何故ならば、あなた方の国の 人々は過去の真実の歴史を目隠しされて、先の大戦の目先の事のみを取り上げ、或いは洗脳されて、悪い事をしたと自分で悪者になっていますが、ここで歴史を 振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。本当は、私共白色人種が悪いのです。百年も二百年も前から、競って武力で東亜諸民族を征服し、自分の領土と して勢力下に置いたのです。植民地・属領にされて、永い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想を掲げて、大東亜 共栄権樹立という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。本当に悪いのは、侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は戦いに敗れま したが、東亜の解放は実現しました。即ち、日本軍は戦勝国の全てをアジアから追放して終わったのです。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。 日本の功績は偉大であり、血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑む事を止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきでありま す。」(1985年日本側傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶、(財)日本国防協会理事の浅井啓之氏が1994年3月24日作成

エドゥアルト・ヴァン・ティン アムステルダム市長で、その後オランダの内務大臣に選ばれたエドゥアルト・ヴァン・ティン(Eduard van Thijn)

※メモ・・・訪問年が1985年で、「傷痍軍人会」が「市長主催親善パーティー」に招かれた際の歓迎挨拶、「のちの内務大臣」という情報は(1)の日本会議の資料と同じ。サンティンの正しい名前(?)である「エドゥアルト・ヴァン・ティン(Eduard van Thijn)」は(1)~(3)には無かった情報。文章作成者の名前(浅井氏)・作成日時等は(1)に無く(2)にあった情報。


(5)2003.4.3 鳥取木鶏クラブ 代表世話人 徳永圀典氏が、日本海新聞の「潮流」というコーナーに寄稿した文章
http://www.ncn-t.net/kunistok/15.4.jinrui.htm
(該当箇所のみ引用)
人類最高の良いこと
「日本は各地で侵略戦争をしたとペコペコ謝罪していますが、間違いです。あなた方こそ、血を流して、アジア民族を解放し、人類最高のよいことをしたのです。本当は白人が悪いのです。日本は敗戦しましたが、アジアの解放は実現しました。日本軍は欧米諸国すべてをアジアから追放しました。その結果、アジア諸民族は独立を達成しました。日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ最高の功労者です。自分を蔑むのを止めて堂々と胸をはって、その誇りを取り戻すべきです」
オランダの元アムステルダム市長の発言である。
↑に対する読者の反応はこちら。徳永氏は2004.4に「人類最高の良いこと―日本の原理が地球を救う」という本を出版しており、これにも掲載されているのではないかと思う(未確認だがタイトルになってるし多分…)。本の方の読者の反応はこちら()に。

徳永氏のHP内の他のページにも記述(寄稿文より長い版)があった。詳細はリンク先参照。
http://www.ncn-t.net/kunistok/6-6-tokunaga-kingendaishi-7-.htm
http://web.archive.org/web/20031227092613/http://www.ncn-t.net/kunistok/15.11jinruishitektigi.htm

※メモ・・・↑これらには引用元記載がないが、おそらく資料(3)の清水氏の著書からの引用ではないかと思う。なぜなら、訪問が2001年で、「傷痍軍人会代表団」が「同国の傷痍軍人代表と」、という情報が一致しているし、本文中の”百年も三百年も”も同じだから。


(6)2005 左派の個人HP(れんだいこ氏)による引用
ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/what_seisenron.htm

アムステルダム市長(現内務大臣)サンティン氏は主張する

平成3年日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時、アムステルダム市長サンティン氏が歓迎挨拶で次のように話されました。「略・・・・あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみ、ペコペコ謝罪しているがこれは間違いである。あなた方こそ自ら血を流して東亜民族を解放し救い出す人類最高の良いことをしたのだ。あなたの国の人々は過去の歴史の真実を目かくしされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、或いは洗脳されて悪いことをしたと自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。本当は私ども白人が悪いのです。百年も二百年も前から、東亜を征服し自分の領土としてきた・・・・血を流して戦ってきたあなた方こそ最高の功労者です。 自分をさげすむ事を止め、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきであります。」(外国から諭された大東亜戦争の意義 溝口平二郎より

※メモ・・・「外国から諭された大東亜戦争の意義 溝口平二郎」というのは本か何かのタイトルなのだろうか?ググっても分からなかった。訪問年は2001年。

2chに↑より古そうな下記のコピペを見つけた。「略・・・・」になっている場所が同じなので、(6)は2chからの引用か、あるいは、引用元が2chコピペと同じなのだろう。

585 : 石油[sage] 投稿日:04/08/09 11:14 ID:DN/BRpGO
アムステルダム市長(現内務大臣)サンティン氏は主張する

平成3年日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時、アムステルダム市長サンティン氏が歓迎挨拶で次のように話されました。「略・・・・あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみ、ペコペコ謝罪しているがこれは間違いである。あなた方こそ自ら血を流して東亜民族を解放し救い出す人類最高の良いことをしたのだ。あなたの国の人々は過去の歴史の真実を目かくしされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、或いは洗脳されて悪いことをしたと自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。本当は私ども白人が悪いのです。 百年も二百年も前から、東亜を征服し自分の領土としてきた・・・・血を流して戦ってきたあなた方こそ 最高の功労者です。 自分をさげすむ事を止め、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきであります。」(外国から諭された大東亜戦争の意義  溝口平二郎より)


(7)2008.8.11 日本会議HP内
https://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/844
資料(1)と同じ内容なので省略。


(8)2012.5.17発行の本「自虐史観から脱却して誇り高き日本へ」(著:桑木崇秀)P155~156
http://www.kokubunken.or.jp/kokumindouhou/600.html(ページの下の方に読者の感想あり。「桑木先生の御本に認識を新たにす」という題の。)
http://tendensha.co.jp/daitoa/dai370.html

↑これは中古本を買って確認したが、「要旨」と書かれており、語尾等がけっこう異なっている。訪問年が2001年で、「同国の傷痍軍人代表と共に」「本国の三六倍もの大きな植民地インドネシア」「百年も三百年も」が一致しているので、資料(3)の清水氏の本からの引用かと思われたが、参考文献のページに「よみがえれ日本」は無かった。ただし、清水氏の他の著書が2冊入っている(『侵略の世界史』と『「日本文明」の真価』)ので、ググったところ、「日本文明」の真価』(P254~255)にも記述があるようだ。そこからの引用だろう。


(9)2015.1.9 (財)全国日本語学校連合会 発行の「留学生通信51号」P8
http://www.jalsa.jp/kiji/1-51.pdf

昭和60年・1985年に日本傷痍軍人会の代表団がオランダを訪問した時、市長主催の親善パーティーで、エドゥアルト・ヴァン・ティン・アムステルダム市長(後内務相)が行った歓迎挨拶は記録に留めたい。
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西洋人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。すなわち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して戦ったあなた方こそ最高の功労者です。自分を蔑むことをやめ……誇りを取り戻すべきであります」
憲兵少尉のシベリヤ抑留経験者、故溝口平二郎氏の録画を基に、元国防協会理事の浅井啓之氏が平成6年・1994年3月24日に文章にした

※メモ・・・訪問年が1985年。サンティン氏の名前がちゃんとした読み方になっている。「故溝口平二郎氏の録画を基に」文章にした、という部分が気になる。「録画を元に文章化」の文言が入っているコピペには、訪問年が1991年になってるver.もある(例1)。ググっても出典は分からなかった。本当に録画があるなら、ぜひ見てみたい・・・。ちゃんと貴重資料として厳重に保管されているのか、心配である。


  ******************************


コピペの中には、名越二荒之助 氏の著書「新世紀の宝庫・日本」をソース元と書いているものもあるが、初版が1977年で、最終版は1986年だそう(荒川区議小坂氏ブログのコメ欄に出版元に凸した方からの指摘ありhttp://ur0.pw/xL0t)なので、サンティン発言が文章化された1994年より前であり、ソース元ではありえない。同氏の「大東亜戦争を見直そう」(1968年出版)も同様。


  ******************************


2chから幾つか情報を。


靖国の背景を考える★82
19 :名無しさん@3周年:2009/01/13(火) 22:30:48 ID:dTuzKkfu
しょうけい館って皆さんご存知ですか?
九段の靖国とは交差点で対角線側にある小さな展示館です。
正式名称は戦傷病者史料館、「厚生労働省から財団法人日本傷痍軍人会が受託し、世界の平和に向けたメッセージを発信することを目指しております。」だそうです。

近くまで行く用事があったので寄ってきました。
目的は縮刷版「日傷月間」を見ることです。
これは財団法人日本傷痍軍人会の会報で活動報告が載っています。

で、傷痍軍人会代表がアムステルダムに行って市長開催のレセプションがあったのか調べました。
少なくとも1983年から1994年(Ed van Thijn氏=サンティン氏??の市長時代)に、相当する記録はありません。

ウヨの方で 「そんなはずはない!」 という方がいらしたら、ぜひご自分で確認してください。
写真撮影はできませんが複写はできるそうなので、
代表団はアムステルダムに行ったんだという「証拠」を写し取ってアップすれば議論は落着です。
靖国参拝のついでに寄られるのがいいでしょう。ただ18日は休館だそうです。


44 :フツ:2009/01/17(土) 13:21:25 ID:Iu0bkHnU
>>19
しょうけい館の「日傷月刊」とは,おもしろいところに気がついたなあ.

私も,機会があったら寄ってみよう.

近いうちに,しょうけい館で「日傷月刊」を見てみようかと思っている人がいたら
アムステルダムへの代表団派遣のほかに,溝口平二郎なる人物が平成9年3月14日になくなったかどうかを
物故会員の欄で探してみるのも一興だろう.

サンティン小噺によると憲兵少尉のシベリア抑留経験者という彼が
アムステルダム市長の話を聞き取ったということになっているが,その会員の情報がないとなると,サンティン小噺の裏づけはきわめて困難になるだろう.(ブログ主注:「シベリア抑留経験者の溝口平二郎氏」は実在します。資料(2)の下のメモ欄参照。)


99 :19:2009/01/24(土) 10:05:14 ID:wS+ncXmh
>>46
えー、おひさしぶり。 >>19です。 ウヨの方、しょうけい館には行きましたか?
フツさん、さりげなく修正ありがとさんです。 ×日傷月間  ○日傷月刊 ですね。

アムステルダム市に「Ed van Thijnが市長だったときに日本の傷痍軍人を招待したレセプションがあったか」
をたずねましたが「そんな記録はない」と言われました。

同市のサイトは http://www.amsterdamcity.nl
問い合わせのメルアドはsecretariaat@amsterdamcity.nl。 やり取りは下記のとおり。
------------------------------------------------------
I am researching the reconciliation process of the Netherlands and Japan after World War II.
Recently, I have heard of the story about Mr. Ed van Thijn that he invited delegation of Japanese disabled veterans to the reception and he made a welcome speech, when he was mayor of Amsterdam City. Unfortunately, the date of reception was not sure.
I would like to confirm this story. If you have any information about the story in the record of your city, please let me know.
---------------------------------------------------------
We are sorry to say that we could not find the information you are looking for.
We looked over our records of Ed van Thijn's terms but we had not find any mention related with Japanese disable veterans.
Please reconfirm your information.
---------------------------------------------------------


100 :19:2009/01/24(土) 10:06:48 ID:wS+ncXmh
そうそう オランダ語でJapans(日本人) Thijn  Amsterdam  uitschakelen veteranen(傷痍軍人)
をキーワードにして.nlドメインのサイト(オランダのサイト)を検索しましたが、
サンティン小噺に相当する話は見つかりませんでした。

http://www.google.co.jp/search?num=100&hl=ja&as_qdr=all&q=Japan+Thijn+Amsterdam++
uitschakelen+veteranen+site%3A.nl&btnG=%E6%A4%9C%
E7%B4%A2&lr=

オランダ人の誰がサンティン小噺を知ってるんでしょうか?


113 :名無しだけど@外国人参政権反対!:2009/01/24(土) 18:25:17 ID:qUc6nsj/
サンティン氏が個人的に、傷痍軍人会代表への挨拶をした記録が何で残っているのか?
日本だって、20年以上前にどこそこでその時代の市長がこう言いましたなんて記録はよほど代表的なもの以外に残っていないし、何も残っていないほうが殆どだぜw

言ったかどうかは、サンティン氏に直接確かめたらいいだけw
反日連中は、荒唐無稽なことで自分らが正しいと、いつものように詭弁を言ってるだけだわねw


114 :19:2009/01/24(土) 19:04:09 ID:wS+ncXmh
サンティン氏が誰で何を言ったのかは、とりあえず置いておきましょう。

日本国防協会理事の浅井啓之氏となると公人のうちです。
そういう人が書いた文章が、どういう経緯でネット世界に出てきたかは浅井啓之氏の名誉にかかわる問題ですよ。

彼が本当に書いたのなら、発表された書籍なり雑誌なりが存在するはずですが、いっこうに出てこない。

最悪の想定をすると、どこかの誰かが浅井啓之氏の名前を騙った怪文書を作成し、ネットにばらまいたということになります。
そんなことはないんでしょ。 ちゃんと浅井啓之氏が書いたものなんでしょ?

だったら、発表された書籍なり雑誌なりを示すことができるのが当然でしょう。

さんざん引用しているんですから、その元を示せなくては 「捏造」 と言われてもやむをえないじゃないですか??


靖国の背景を考える★84
2 :名無しさん@3周年:2009/02/15(日) 01:18:06 ID:5aDa86V7
>>999
>アムステルダム市に「Ed van Thijnが市長だったときに日本の傷痍軍人を招待したレセプションがあったか」
をたずねましたが「そんな記録はない」と言われました。

「手持ちの情報では見当たりません。すいません。」
と言ってるだけじゃんw
そもそも、そんなわけわからんメール、向こうも相手にしてないだろw


8 :アジア諸国独立と発展繁栄は靖国英霊の功績:2009/02/15(日) 10:00:09 ID:q9+UcyCa
>>4 >>7
ねつ造では無い。(確認した)
清水馨八郎氏(千葉大学名誉教授)の著書=よみがえれ日本(日本再発見)イムカ株式会社
著者が日本傷病軍人会の活動を確認して126Pに掲載している。

「オランダ人の良心(アムステルダム市長の挨拶)」をご紹介したいと思います。
以前にもネット上で読んだことがある文章ですが、
東條由布子氏もこの文章を多くの方に知って欲しいと、
今日の勉強会で資料として配布して下さったものです。
以上は議員のHPから引用。

東條由布子:【大東亜戦争の真実】の著者が「オランダ人の良心(アムステルダム市長の挨拶)」
を配布したこことが解りました。
「オランダ人の良心(アムステルダム市長の挨拶)」 を配布した東條由布子女史にも
事実であることを確認した。

日本傷病軍人会の主要行事には、天皇皇后両陛下も参加するキチンとした団体であり
ねつ造を流布する団体ではない。

それから記録がない事と事実が無い事とは関係ない。
事実を全部記録に残す訳ではない。


16 :名無しさん@3周年:2009/02/15(日) 11:27:58 ID:c5xRGrXv
>>14追記
日本精神修養会が発行
配布元がイムカ社なのねw

それにしても、古書ですら出回ってないねぇ
大学図書館も所蔵してるのは2校だけか
つてを頼って入手を試みてはみるが時間がかかりそうだ

つかな天日
確認したと言うなら、その該当ページ全文アップしてくれ
ちなみにそのサンティンネタので出元は
名越の本って事でいーんだね?w


18 :アジア諸国独立と発展繁栄は靖国英霊の功績:2009/02/15(日) 11:31:50 ID:q9+UcyCa
>>16
実は、私も持っていない。
東條由布子=大東戦争の真実の著者で「オランダ人の良心(アムステルダム市長の挨拶)」
を配布していた女史に確認して頂きました。


52 :アジア諸国独立と発展繁栄は靖国英霊の功績:2009/02/15(日) 12:26:31 ID:q9+UcyCa
>>31 >>32
直接電話で確認しました。

東條由布子先生本人が電話に出られたことも確認しました。
先生は、きっぱりと事実は確認しているし、著書もあると仰って、
清水馨八郎氏(千葉大学名誉教授)の著書=よみがえれ日本(日本再発見)イムカ株式会社 の126P
に掲載している。と教えてくださいましたよ。


772 :アジア諸国独立と発展繁栄は靖国英霊の功績:2009/02/17(火) 18:17:28 ID:henFMh7q
日本傷病軍人会に確認したら記録は保存していないし、当時の詳細を知る
担当者が居ないが、下記年代にオランダ訪問しオランダ要人傷病軍人会との交流が
有るのは事実ですとの事でした。
1983-1994 Eduard van Thijn

例の挨拶ですが、ねつ造とは考えられないと言ってましたが確証の取れる方は
現在の職員に居ないそうです。以上

過去にネットで検証された主な方々
・2003.11(掲示板「the 資料室」利用者様)
http://web.archive.org/web/20041128233533/http://ybbs.data-room.info/0100/1005/00094325.htm
・2006.3(「ポンニチのコピペ」様)←ここからコピペしただけのブログ多し。
http://www.geocities.jp/ponnitisuki/copipe.html
・2006.6(ブログ「愛・蔵太の気になるメモ」様)
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060615


  ******************************

 
<まとめての感想>
溝口氏や浅井氏が実在の人物であるという点が確認できたのは良かった。溝口氏と直接交流があったという方の書かれた資料(2)と、おそらく立ち位置的に国防協会と近く、浅井氏に直接確認をとろうと思えばとれたのではないかと思われる日本会議による資料(1)からは、「こういう類の挨拶があったこと自体は本当かもしれない」と個人的には思えた。1985年説の方が上かなぁ?

しかし、そもそもが「又聞き」のソースであるのが厳しい。1985年に聞いたのを、記憶だけを頼りに9年後の1994年に文章化するのは、かなり難しそうな気がする(しかもパーティーならガヤガヤしてて聞き取りにくい可能性もあるし、傷痍軍人会の方々はご高齢だし…)。などと考えると、1991年説の方が上?とも思えてくる。また、何らかのメモや録画があったのではないか?とも思う。もし録画があるならぜひとも公開してほしい。

でも、「又聞き」がソースだからといって、イコール捏造ダ!!と単純に決め付けるのも何だかな~と、私は思う。2chでどなたかも言っていたとおり、市長の挨拶なんて残るとしたら大抵このような形でしか残り得ないのではないだろうか。例えば、19**年に当時の練馬区長が、外国から来たとある団体の歓迎会を開いてすばらしい挨拶をし、拍手喝采を受けていたとしても、新聞にはもちろん載らないだろうし、「ねりま区報」にすら発言全文なんて載らず、せいぜい小さな記事「○月○日、歓迎会で挨拶した」程度が残るだけだろう。

溝口氏はソースが正しければ亡くなっており、傷痍軍人会は高齢化で解散、浅井氏もひょっとしたら・・・という状況の中、引用して本に記した(引用時にどこまでソースを辿られたのかは分からないが)桑木崇秀氏は2014年に、清水馨八郎氏も2015年に亡くなり・・・これ以上の調査は中々難しそうである。

※2016.9.24下記まとめ画像追加(クリックで拡大)
 

他にできそうなことは・・・

・日本国防協会にメールして浅井氏(ご健在だろうか…?)に尋ねてみる。
・国会図書館(遠い…(´Д`))へ行き、日本国防協会の機関紙(当時の名称は「安全保障」)の1994年あたりのやつ(63号くらい?)を調べてみる。
・しょうけい館(遠い…(´Д`))へ行き、「日傷月刊縮刷版 2 昭和五十四年一月第三〇二号発刊-平成十八年三月第六二九号 / 日本傷痍軍人会」や、1985~1995くらいの間に発行された傷痍軍人会関連の雑誌を調べる。また、溝口氏が亡くなられた日付を確認する。
・しょうけい館にお手紙を出し、溝口氏のご家族に録画の有無や何かご存知のことがないかどうか聞いてもらう。
・日本会議の仙頭泰氏(ググるとご健在と思われる)にメールし、当時、溝口氏や浅井氏に直接話を聞いたのかを尋ねてみる。
・ゴジラズワイフさんにメールしてみる。
・一部コピペにある名越氏の著書「新世紀の宝庫・日本」の内容を、一応念のために確認してみる(都立中央図書館…遠い…(´Д`))。
・おそらくご健在と思われるご本人、Eduard van Thijn氏に、このような歓迎会があったか聞いてみる(連絡先が分からない&オランダ語全く分からない&英語力も怪しい私には無理難題すぎる…(´Д`))。
・資料(3)の清水氏の著書の「参考文献」リストにある本のうち、1994年以降に発行されたもの(※1)を調べてみる。

くらいかしら?


  ******************************

 
(※1)「よみがえれ日本」1997.11の参考文献ページにある本のうち、浅井氏が文章化したとされる1994.3.24より後に出版されたもの・・・・・・田中正明『掃葉集』1994.9 、草地真吾『大東亜戦争大観論』1995.10、日本を守る国民会議『欧米植民地支配の世界史的展開と大東亜戦争』1995.3、谷沢永一『こんな日本に誰がした』1995.6、終戦五十周年国民委員会『自由と独立への道』1995.7、草地真吾『天皇私観』1996、 小室直樹『日本国民に告ぐ』1996.12、小室直樹『これでも国家と呼べるか』1996.2、谷沢永一『悪魔の思想』1996.2、朴普煕『青年よ行け、そして世界を救え』1996.3、佐藤和男『世界が裁く東京裁判』1996.8、藤岡信勝『教科書が教えない歴史』1996.8、富士信夫『こうして日本は侵略者にされた』1997.5、草地真吾『大東亜戦争正当論』1997.8・・・・・・このうち「世界が裁く東京裁判」は手元にあるので確認したが、サンティン発言は載っていなかった。


また気が向いて何か調べたら、ブログに続きを書こうと思います。ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。お疲れ様でした。
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ネットを見てない人たちへ情報拡散したい!と強く思っているヘッポコ主婦のメモ帳です。2006旧ブログ開設、2012更新休止…(その5ヵ月後ブログ全削除の憂き目に)…2016.8ブログ再開。古い記事の復旧には時間がかかりそうですが、ぼちぼち頑張ります。

4年ほどネットを休んでいた&今も多忙なため、情報収集が追いつきません。しかも20代まで「何となく極左」だったアホです。お手やわらかに願います(^^;

デマを流したくないので、間違いのご指摘はありがたいです。よろしくお願いします。

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